前立腺腫瘍は珍しい腫瘍の一つであり、その中でも前立腺癌がもっとも多く割合を占めます。
そのほかには移行上皮癌や、稀に未分化肉腫や未分化癌が報告されています。
近年では前立腺癌と移行上皮癌をまとめて尿路上皮癌と呼び分類されていますが、移行上皮癌と前立腺癌では明らかに悪性度に違いがあり、期待できる生存日数にも大きな差があります。
移行上皮癌であれば化学療法(抗がん剤)がある程度有効なことも多いですが、前立腺癌ではあまり効果を示しません。
非常に治療成績が悪いのが前立腺癌ですが、近年、早い段階で外科的な治療を行うことで、今までに比べて大きく生存日数が伸びる可能性が示されています。
しかし、前立腺腫瘍に対する手術は、負担が大きく、合併症が起きる可能性も高いことから、その適応に関しては慎重に判断しなくてはなりません。
症例
7歳のトイプードルが、他の病院で前立腺に腫瘍ができていると診断されたという主訴で来院されました。
一度、排尿姿勢をとっていたが尿が出なかったことがあったという症状が出てからは、特に症状もなく元気や食欲といった一般状態も良好でした。
超音波検査でみてみると、膀胱の尾側、骨盤腔内に入っていく前立腺の位置に3.5cm程度の腫瘍が有り、尿道を圧迫していました。
周囲のリンパ節もやや腫大し、転移が疑われるような状態でした。


また、CT検査で確認してみると、同様の所見が得られましたが、リンパ節以外には転移を強く疑う部位はありませんでした。


前立腺腫瘍であれば、前立腺癌の可能性が高く、もし転移が成立していれば、生存日数が短いことが予想された為、負担のかかる検査や治療はしないで経過を見ていく選択が一般的な状況でした。
しかし、まだ年齢も中年齢であり何も症状がなく、元気な状態だった為、できる治療はなんでもしたいとのご家族の強い希望により、診断も兼ねての外科的な切除に踏み切ることにしました。
前立腺の切除は、術後に尿漏れが起こる可能性があります。
腫瘍が膀胱まで浸潤していた場合には膀胱の切除も行う必要があり、そうなると排尿のコントロールが完全にできなくなります。
また、尿路感染との戦いになってしまいます。
その状況はなるべく避けたかったので、膀胱への浸潤度合いも慎重に判断しながら、前立腺のみの切除を計画し、手術にはいりました。
全身麻酔をかけて、体位を固定し、手術の準備をしていきます。
包皮周囲の皮膚を大きく切開し、包皮及び陰茎を持ち上げて、開腹をなるべく骨盤近くまでできるようにアプローチしました。


骨盤ギリギリまで開腹を行うと、膀胱及び前立腺が見えてきました。
腫瘍周囲には新生した血管が多数走行していました。


周囲の組織を剥離しよく見てみると、前立腺に腫瘍ができており、尿道を横に圧迫している状態でした。
膀胱側と尿道側をギリギリまで剥離し前立腺を露出した後、前後で切除を行い、前立腺を切除しました。
前立腺内に通っている尿道も切断しているので、尿の通り道を再建しなければなりません。
尿道から膀胱までカテーテルを通した後、切除した断端の膀胱と断端の尿道を骨盤ギリギリの位置で吻合を行いました。


その後吻合部位に漏れがないことを確認した後、腹腔内洗浄をし、閉腹していきます。
大きく切開した包皮周囲の皮膚も縫合して閉鎖し、手術を終了しました。

手術後は幸いなことに尿もれもなく元気や食欲も保てている状態で退院できました。
切除した前立腺腫瘍は病理組織検査の結果、神経内分泌腫瘍という診断がでました。
前立腺腫瘍の中では非常に珍しく、悪性腫瘍に変わりはないものの、前立腺癌に比べると元気に過ごせる期間があきらかに長いことが期待できる結果でした。
退院後も経過は良好で、尿もれもなく元気に過ごせています。
転移病変の抑制を目的として化学療法(抗がん剤)を行いながら経過を見ていきます。
前立腺腫瘍は、前立腺癌がもっとも多く、その治療成績は非常に悪いことが多いです。
よって、負担のかかる治療は避けられてきていましたが、早期に外科的治療を行うことで生存日数が伸びることを期待できたり、稀ですが他の種類の腫瘍であった時には外科的な治療が有効になることがあります。
小さなご家族が前立腺腫瘍でお困りの方は、是非当院までご相談ください。