犬の胸腺腫は稀な腫瘍の一つですが、前縦隔(胸の中の心臓よりも前側の位置)にできる腫瘍の中では最も多い腫瘍になります。
症状としては無症状のことも多いですが、腫瘍が大きくなってくると、発咳や頻呼吸が見られます。元気食欲低下や発熱など、非特異的な症状が出ることもあります。
また、腫瘍随伴症候群といって、胸腺腫があることによって付随して出てくる症候群が多いことで有名な腫瘍でもあります。
腫瘍随伴症候群としては、重症筋無力症や誤嚥性肺炎、巨大食道症、高カルシウム血症、多発性筋炎、心筋炎などがあります。
前縦隔内にできる腫瘍として、区別しなければならない疾患には、前縦隔型リンパ腫、異所性甲状腺癌、ケモデクトーマ、鰓性嚢胞などがあります。
治療の第一選択は外科的な切除です。しかし、前縦隔は前大静脈や横隔神経、内胸動脈といった重要な構造物が多く存在する場所でもあり、これらを損傷しないように摘出するのは比較的難易度の高い手術となります。
ステロイドを用いた内科治療や放射線治療も、比較的反応の良い治療になるため、手術が適応ではない症例には有効な選択肢となります。
症例
11歳齢の雑種犬が呼吸が早いとの症状で来院しました。
レントゲン検査にて胸の中を確認してみると、前縦隔内に大きな腫瘍ができていました。
腫瘍の種類を調べるために細胞診検査をしてみると、小型リンパ球が多量にとれて来たため、胸腺腫を疑う所見でした。

摘出の可能性を調べるためにCT検査を実施してみると、腫瘍は前大静脈と接しており、持ち上げている状態でしたが、その部位をしっかり剥離できれば摘出は可能になると判断しました。


リスクのある手術にはなりますが、胸腺腫はきちんと摘出できればその後の予後も良いため、ご家族と相談の上、手術を実施していく形になりました。
胸の中へのアプローチは胸骨縦切開術を選択しました。
胸骨をサジタルソー(手術用の鋸)を用いて縦に切開して胸を広げることによって、左右や前後方向に広い視野が得られるアプローチになります。
胸骨を切っていき、胸を広げていくと、内胸動脈が見えてきます。この動脈を切ってしまうと出血量が多いため、傷つけないように剥離し結紮して止めていきます。


内胸動脈を処理していくと、腫瘍が見えてきます。
周囲との癒着も多くなかったため、横隔神経や奥の前大静脈に注意しながら腫瘍を周囲から剥離し摘出していきます。


剥離を丁寧に行うと腫瘍はきれいに摘出することができました。
周囲の構造物が損傷していないかを確認し、胸を閉じていきます。


切開した胸骨を縫合糸によってずれないように固定しながら閉じていきます。
麻酔も安定しており、無事に覚醒しました。
入院中呼吸状態が不安定になることもありましたが、術後管理によって次第に落ち着いていきました。
数日の入院をし、無事に元気に退院していきました。
犬の胸腺腫は稀な腫瘍の一つですが、きちんと治療ができると比較的長期生存ができる腫瘍の一つになります。
小さなご家族が胸腺腫でお困りの方は、是非一度当院までご相談ください。